個人事業主として独立すると、会社員時代とは異なり、年金の支払いを自分自身で管理する必要があります。
その中で、「年金払わないとどうなるのだろうか」という疑問や、収入が不安定な時期には「保険料の支払いが苦しい」といった悩みに直面することも少なくありません。
将来への漠然とした不安から、年金の価値に疑問を感じる方もいるでしょう。
この記事では、そうした個人事業主の方々が抱える年金の悩みや疑問に、一つひとつ丁寧にお答えしていきます。
年金を支払わない場合に生じる具体的なリスクから、経済的に困難な状況を乗り越えるための公的な救済制度、さらには将来の安心につなげるための賢い選択肢まで、幅広く解説します。
本記事のポイント
- 年金を払わないことの具体的なリスク
- 経済的に苦しい時のための免除・猶予制度
- 国民年金保険料を節税に活かす方法
- 将来の年金額を増やすための選択肢
ここでは、個人事業主が国民年金保険料を支払う法的な義務と、支払わなかった場合にどのような事態が起こりうるのかを具体的に解説します。
単なる金銭的な問題だけでなく、生活を守るためのセーフティネットを失う可能性についても理解を深めていきましょう。
そもそも個人事業主は年金をいくら払うのか?
個人事業主やフリーランスとして活動する方は、原則として「国民年金(第1号被保険者)」に加入する義務があります。
これは日本の公的年金制度の1階部分にあたる、全国民共通の制度です。
会社員が加入する厚生年金とは異なり、国民年金の保険料は所得にかかわらず一律の金額が定められています。
令和7年度の保険料は月額17,510円です。この金額を毎月納付していく必要があります。
よく「国民年金は経費にできるのか」という質問がありますが、事業運営に直接関係する支出ではないため、経費として計上することはできません。
しかし、支払った保険料の全額が「社会保険料控除」の対象となり、確定申告の際に所得から差し引くことで、所得税や住民税の負担を軽減できるという大きなメリットが存在します。
「年金いらないから払わない」という考えの危険性
「将来どうせもらえないかもしれないし、年金はいらないから払わない」という考え方を持つ方もいるかもしれません。
しかし、このような判断は将来の自分を大きなリスクに晒す可能性があります。
国民年金は、単に老後の生活費を保障する「老齢年金」だけではありません。実は、現役世代にとっても非常に大切な「保険」としての役割を担っています。
具体的には、病気やけがによって重い障害が残った場合に支給される「障害基礎年金」や、一家の働き手が亡くなった場合に残された家族に支給される「遺族基礎年金」という制度があります。
もし保険料を納めていないと、万が一の事態が起きてもこれらの保障を一切受けることができません。
突然の事故で働けなくなったり、家族を遺して先立ってしまったりした場合に、自分や家族の生活が立ち行かなくなる危険性があるのです。
また、「払い損になる」という懸念についても、現在の日本の平均寿命を考えると、多くの人が支払った保険料以上の年金を受け取れる計算になります。
単純に損得勘定だけで判断するのではなく、こうした多角的な視点から制度を理解することが大切です。
国民年金一度も払ってない人の現実
インターネットのQ&Aサイトなどを見ると、「国民年金を一度も払ってないけれど、何も起きていない」といった書き込みを見かけることがあります。
しかし、このような匿名の情報を鵜呑みにするのは非常に危険です。
現実には、保険料を納付していないと日本年金機構から段階的に督促の通知が届きます。
最初は電話やハガキによる納付の案内ですが、これを無視し続けると「最終催告状」や「督促状」といった、より強い文面の通知が送られてくることになります。
「バレないだろう」と高を括っていても、マイナンバー制度の導入により個人の所得や社会保険の加入状況は行政に正確に把握されています。
知恵袋などの情報に惑わされて未納を続けるのではなく、必ず公的な情報源を基に正しい判断を下すようにしてください。
過去の未納分については、原則として2年以内であれば後から納付(追納)することが可能です。
個人事業主が国民年金を払わないとどうなるか
前述の通り、個人事業主が国民年金を払わない場合、複数の深刻なデメリットが生じます。
改めて、その具体的な影響を整理します。
第一に、将来受け取れる「老齢基礎年金」が減額されるか、最悪の場合は全く受け取れなくなります。
老齢基礎年金を受け取るには、保険料を納付した期間や免除された期間などを合計して10年以上(120ヶ月以上)必要です。未納期間が長いと、この受給資格期間を満たせなくなる可能性があります。
第二に、万が一のときのセーフティネットである「障害基礎年金」と「遺族基礎年金」の受給資格を失うリスクがあります。
これらの年金は、事故や病気の発生(初診日)や死亡日の前日において、一定の納付要件を満たしていなければ支給されません。事が起きてから慌てて納付しても手遅れになるケースがほとんどです。
年金を払わないと捕まる?
「年金を払わないと警察に捕まることはありますか?」という質問も多く聞かれますが、刑事罰として逮捕されることはありません。
しかし、だからといって問題がないわけではありません。
国民年金保険料の納付は法律で定められた国民の義務です。
したがって、保険料の滞納は、税金の滞納と同様に扱われます。督促状で指定された期限までに納付しない場合、国税滞納処分の手続きに則って、財産の差し押さえが強制的に実行される可能性があります。
差し押さえの対象となるのは、預貯金、給与(売掛金)、自動車、不動産など多岐にわたります。ある日突然、銀行口座から預金が引き落とされたり、取引先からの入金が差し押さえられたりする事態も起こりえます。
このような事態は、事業の継続にも深刻な影響を及ぼしかねません。
「個人事業主が年金を払わない」状況を解決する方法
経済的な事情で保険料の支払いが困難な場合でも、未納のまま放置するのは最悪の選択です。
国はそうした場合の救済措置を用意しています。ここでは、支払いが難しい状況を乗り越えるための具体的な制度や、将来の受給額を増やすための賢い方法について詳しく解説します。
年金が払えないフリーターや自己都合退職の場合
個人事業主と同様に、フリーターの方も国民年金の第1号被保険者であり、保険料の納付義務があります。収入が不安定で年金が払えないという悩みは、働き方を問わず共通の課題です。
また、会社を自己都合で退職して個人事業主になった直後は、収入が途絶えたり不安定になったりして、保険料の支払いが困難になることも少なくありません。
このような失業状態にある場合、前年の所得にかかわらず保険料の免除や納付猶予が承認されやすくなる「特例免除制度」を利用できる可能性があります。
「雇用保険受給資格者証」のコピーや「離職票」などを添付して申請することで、審査が有利に進む場合があります。
経済的に厳しいからと諦めずに、まずは役所の窓口や年金事務所に相談してみることが大切です。
個人事業主が年金を免除される条件とは
国民年金には、所得が少ないなどの理由で保険料を納めることが経済的に困難な場合のために、「保険料免除制度」と「納付猶予制度」が設けられています。
免除制度は、前年所得に応じて保険料の全額、4分の3、半額、4分の1が免除される4つの区分に分かれています。
一方、納付猶予制度は、50歳未満の方を対象に、保険料の納付を先送りできる制度です。
これらの制度を利用できるかどうかの審査は、申請者本人だけでなく、配偶者や世帯主の所得も対象になります。具体的な所得基準は以下の表の通りです。
制度の種類 | 所得基準の目安(単身世帯の場合) |
全額免除 | 所得67万円以下((扶養親族等の数+1)×35万円+32万円) |
4分の3免除 | 所得88万円以下 |
半額免除 | 所得128万円以下 |
4分の1免除 | 所得168万円以下 |
納付猶予 | 所得67万円以下((扶養親族等の数+1)×35万円+32万円) |
これらの制度を利用するには、お住まいの市区町村役場の年金担当窓口、または年金事務所への申請が必要です。
マイナンバーカードがあれば、マイナポータルからの電子申請も可能で、手続きの簡素化が図れます。
免除申請が却下されるケースもある
免除の申請をしたものの、残念ながら却下されてしまうケースもあります。その主な理由は、本人や世帯主の所得が基準額を上回っていることです。
しかし、申請が却下されたからといって、すぐに諦める必要はありません。
たとえば、「全額免除」の申請が却下されたとしても、所得基準が異なる「半額免除」や「4分の1免除」といった部分的な免除であれば承認される可能性があります。
また、親と同居している場合などで、世帯主の所得が高いために却下されたケースでは、「世帯分離」の手続きを行うことで、審査の対象が本人の所得のみとなり、免除が承認されることもあります。
ただし、これは生活の実態が伴っていることが前提です。
いずれにしても、却下通知が届いた場合は、その理由を確認し、どのような選択肢が残されているのかを年金事務所などに相談することをおすすめします。
国民年金全額免除のデメリット
保険料の支払いが全額免除されると、経済的な負担はゼロになります。
これは大きなメリットですが、一方でデメリットも存在することを理解しておく必要があります。
最大のデメリットは、将来受け取る老齢基礎年金の額が減ってしまうことです。
保険料を全額免除された期間については、年金額を計算する際に「保険料を全額納付した場合の2分の1」として扱われます(平成21年3月分までは3分の1)。
つまり、40年間ずっと全額免除だった場合、受け取れる年金額は満額の半分になってしまうのです。
このデメリットを解消するために「追納制度」が用意されています。追納とは、免除や猶予の承認を受けた期間の保険料を、後からさかのぼって納付できる制度です。
追納できるのは10年以内の期間に限られますが、これにより将来の年金額を満額に近づけることができます。
経済的に余裕ができた際には、積極的に追納を検討すると良いでしょう。
年金の納付猶予はいつまで?
「納付猶予制度」は、保険料の支払いを文字通り「猶予(先送り)」する制度です。
免除制度と混同されがちですが、決定的な違いがあります。
納付猶予が承認された期間は、老齢年金などを受け取るために必要な「受給資格期間」には算入されます。
しかし、保険料を後から追納しない限り、年金の受給額には一切反映されません。
つまり、猶予された保険料を払わないままでいると、その期間は年金額の計算上「0円」として扱われるのです。
この制度を利用できるのは、申請時点から2年1カ月前までの期間です。
そして、承認された保険料を追納できるのは、免除と同様に10年以内です。
免除と猶予、どちらの制度を利用すべきかは個々の状況によりますが、追納をしない限り年金額が増えないという猶予制度の特性は、しっかりと理解しておく必要があります。
厚生年金の代わりになる個人事業主の制度
会社員は国民年金に加えて厚生年金に加入しており、その分、老後の年金が手厚くなっています。
個人事業主には厚生年金がありませんが、その代わりとして、将来の受給額を増やすための任意加入の制度が複数用意されています。
付加年金
毎月の国民年金保険料に400円を上乗せして納めることで、将来「200円×付加保険料を納めた月数」の金額が年間に上乗せされる制度です。
わずか2年で元が取れる計算になり、非常に有利な制度と言えます。
この記事では、付加年金制度についてご説明しています。 一通り記事をご覧いただくことで、付加年金制度の対象者やお得な理由、国民年金や国民年金基金との違いなど付加年金制度の基本的な情報を確認すること[…]
国民年金基金
個人事業主などのための公的な年金制度で、掛金が全額社会保険料控除の対象になるため、高い節税効果があります。
将来受け取る年金額が確定しているため、計画を立てやすいのが特徴です。
ただし、付加年金との併用はできません。
iDeCo(個人型確定拠出年金)
自分で掛金を拠出し、投資信託などの金融商品で運用する私的年金制度です。
掛金は全額所得控除の対象となり、運用益も非課税になるなど税制上のメリットが大きいです。
ただし、運用成績によっては元本割れのリスクもあります。
小規模企業共済
厳密には年金制度ではありませんが、個人事業主にとっての「退職金制度」と言えるものです。
掛金は全額が所得控除の対象となり、高い節税効果が期待できます。
これらの制度をうまく組み合わせることで、厚生年金に相当する、あるいはそれ以上の手厚い老後資金を準備することも可能です。
最後に
この記事では、「個人事業主は年金を払わない」という選択がもたらすリスクと、その状況を解決するための具体的な方法について解説してきました。
国民年金の支払いは法律で定められた義務であり、未納を続けると財産の差し押さえや、老後の年金だけでなく障害・遺族年金といった万が一の保障を失うという重大なリスクを伴います。
安易な自己判断は、将来の自分と家族を苦しめることになりかねません。
一方で、収入の減少や失業など、経済的に保険料の支払いが困難な場合には、国が用意した「免除」や「猶予」といった公的な救済制度があります。
未納のまま放置するのではなく、必ずお住まいの役所や年金事務所に相談し、適切な手続きを行うことが何よりも大切です。
そして、国民年金は老後の生活を支える土台ではありますが、それだけでゆとりある生活を送るのは難しいのも事実です。
将来の不安を解消するためには、付加年金や国民年金基金、iDeCoといった制度を積極的に活用し、ご自身の力で年金を上乗せしていく視点が不可欠です。
本記事が、あなたの年金に関する悩みを解決し、安心して事業に打ち込むための一助となれば幸いです。